忘れられない患者さんと、その家族がいる。
まだ若い方だった。
仕事中に突然CPAになり、
発見されたのはおよそ15分後だったと聞いた。
それまで大きな病気もなく、
普通に働いていた人だった。
ICUに入室してからは、
低体温療法、人工呼吸管理、循環管理、感染コントロール。
できる治療はすべて行われた。
スタッフみんなで、
なんとか助けようとしていた。
でも、結果は変わらなかった。
亡くなるまで、2〜3週間の時間があった。
毎日面会に来ていたご両親
面会には、60代のご両親が毎日のように来ていた。
「自分より先にこんなことになるなんて思わなかった」
「どうしたらいいか分からない」
「意識は戻るんでしょうか」
まだ現実を受け止めきれない、
そんな様子だった。
日が経つにつれて、
状態は少しずつ変わっていった。
そして後半には、
「このまま見ているのが辛い」
「もう楽にしてあげたい」
そんな言葉も聞かれるようになった。
自分にできたこと
自分にできることは多くなかった。
でも、
説明できる範囲で状態を伝えたり、
一緒に洗髪をしたり、足浴をしたり。
患者さんに触れる時間を、
家族と一緒につくることはできた。
それがどれほど意味があったかは、正直今でもわからない。
亡くなる頃には、
最初よりも少しだけ、
受け入れられているように見えた。
それでも、
面会のたびに涙を流していた。
今でも考えること
あの関わりでよかったのか。
他にできることはなかったのか。
今でもふと思い出して、
考えることがある。
だから今、
目の前の患者さんをできるだけ助けたいと思うし、
家族にもできるだけ声をかけるようにしている。
ICUでは助けられない命もある。
それでも、
患者さんと家族にとって、
少しでも後悔の少ない時間にできるように。
あの家族との時間が、
今の自分の看護につながっている。
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